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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1839号 判決 1966年12月22日

控訴人 稲葉政吉 外一名

被控訴人 国

代理人 島村芳見 外二名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事  実<省略>

理由

茨城県結城郡千代川村本宗道字宮西六〇番の一宅地一六五坪五合がもと控訴人斉藤長一の所有であつたことは当事者間に争がなく、(証拠省略)によれば、控訴人稲葉政吉は昭和九年四月九日頃以来控訴人斉藤長一から右宅地のうち東北部の二〇坪(別紙目録記載(一)の宅地の東北部二〇坪)を除いたその余の一四五坪五合を賃借し来つたことを認めるに足り、右認定を動かすに足る証拠はない。

旧宗道村農地委員会は、上記宅地一六五坪五合について、訴外浅野庄一郎および訴外斉藤周之助の両名からそれぞれ自作農創設特別措置法第一五条第一項、同法施行規則第七条の規定による附帯買収の申請があつたとして、上記宅地を別紙目録記載(一)、(二)ほか二筆の計四筆に分筆し、昭和二三年九月二三日右(一)、(二)の各宅地につき買収時期を同年一〇月二日と定めて買収計画を樹立、公告し、一〇日間縦覧に供したこと、およぞ右買収計画に基づき、昭和二四年一月二三日控訴人斉藤長一に対し昭和二三年一〇月二日付茨ち第一三、〇五九号買収令書が交付され、右(一)、(二)の各宅地の買収処分がなされたことは、当事者間に争がないところ、(証拠省略)によれば、控訴人両名は茨城県知事を被告として昭和三三年三月初め頃水戸地方裁判所に対し右買収処分の無効確認の訴を提起し、右訴訟は同裁判所昭和三三年(行)第一号事件として係属したところ、同裁判所は控訴人らの請求を容れ昭和三六年八月一七日控訴人ら勝訴の判決を言渡したことを認めるに足り、右判決が確定したことは当事者間に争がない。

しかして、(証拠省略)によれば、次の事業を認め得る。すなわち、斉藤周之助は上記宅地につき自作農創設特別措置法第一五条第一項第二号所定の賃借権その他の権利を有していなかつたばかりか、附帯買収の申請をなしたことはなく、また、浅野庄一郎は上記宅地のうち東北部二〇坪(別紙目録記載(一)の宅地の東北部二〇坪)について賃借権を有していただけなのに、六〇坪の賃借権があるとして、昭和二二年一一月一一日旧宗道村農地委員会に対し附帯買収の申請をなした。右農地委員会は、農地委員の一員で、主として前記買収計画の手続を担当した訴外杉田一郎の口頭による報告に基づき、上記宅地一六五坪五合のうち別紙目録記載(一)の宅地部分は浅野庄一郎に、同目録記載(二)の宅地部分は斉藤周之助に、それぞれ売り渡すべきものと速断し、上記認定のように分筆して右(一)および(二)の各宅地につき買収計画を樹立、公告し、縦覧に供した上、県農地委員会に申達し、その結果、上記認定の買収処分がなされるに至つた。旧宗道村農地委員会は、右買収計画に当つて、上記宅地についての賃貸干係に関する資料について十分の調査をしなかつたばかりか、所有者である控訴人斉藤長一に対し賃貸干係の有無について問い合すことすらしなかつたもので、もし右委員会において控訴人斉藤長一に上記宅地につき賃貸借などの有無を問い合せるとか、その他の資料について調査を遂げたとすれば、斉藤周之助が上記宅地につき賃借権その他の権利を有せず、かつ附帯買収の申請もなしていないことはもちろん、浅野庄一郎の賃借権は上記宅地のうちの東北部二〇坪についてであり、別紙目録記載(一)の宅地の全部でないことを容易に了知し得たものである。右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、上記確定判決によつて違法無効なものと確認された本件買収処分がなされたのは、少なくとも、その前提たる買収計画の樹立に当つた旧宗道村農地委員会を構成した農地委員らの過失に因るものと認めるのが相当である。

控訴人らは、上記違法な買収処分により、控訴人斉藤長一は土地の所有権を、控訴人稲葉政吉は賃借権を、それぞれ侵害され、その回復を得るため、いずれも精神上非常な苦痛を蒙つた旨主張する。財産権を違法に侵害された者は、財産的損害のほか、その精神的損害についても賠償を求め得る場合のあることは、民法第七一〇条の規定に照し明らかではあるが、一般的にいつて、財産権の侵害を受けた被害者は、原状回復または財産的損害の賠償を受けることによつて、精神的苦痛も同時に慰籍されるものと認め得るから、財産権の侵害に基づく精神的損害の賠償を求め得るためには、侵害された財産権が当該被害者にとつて特別の主観的、精神的な価値を有し、そのため単に財産的損害の賠償だけではとうてい償い得ない程甚大な精神的苦痛を蒙つたと認めるべき特段の事情がなければならないものと解するを相当とする。ところで、上記認定の事実に徴すれば、控訴人らが上記認定の買収処分によつて、上記認定の判決の確定に至るまでの間、精神上の苦痛を蒙つたことを窺い得ないではないが、控訴人斉藤長一が上記(一)、(二)の各宅地につき所有者として、また、控訴人稲葉政吉が右各土地に対する賃借権(ただし、(一)の宅地については、その東北部二〇坪を除く)につき賃借人として、それぞれ特別の主観的、精神的な価値を有していたもので、右土地所有権もしくは賃借権の回復を受けただけでは償い得ないような精神的苦痛を蒙つたものと認めるに足る証拠はなにもない。したがつて、他に特段の主張、立証のない本件では、控訴人らは上記認定の判決の確定によつて、上記(一)、(二)の各土地の所有権ならびに賃借権をそれぞれ回復し得たものと認め得るから、これによつて、控訴人らの上記精神的苦痛もすでに慰籍されるに至つたものといわなければならない。

そうだとすれば、控訴人らの請求は、いずれも理由のないことが明らかであるから、本件各請求はすべて棄却すべきである。

右と同趣旨にでた原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項に従い、これを棄却することとし、当審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条、第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 土井王明 兼築義春)

目録(省略)

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